先日ツイッターをながめていたら、他の税理士さんの投稿で顧問税理士のいない社長さんが「借入金を売上計上していた」のが原因で税務調査に入られた、というのが流れてきました。「本当にそんなムチャクチャな処理するの?」と思いましたが、簿記の知識がまったくなければ、そういう処理をしてしまうのかも知れません。
ということで、そんな間違った処理をしないためにも、社長としてはどの程度の簿記の知識が必要なのか、それは簿記検定としてはどの程度のレベルなのか、そのあたりを分析してみたいと思います。結論としては、日商簿記3級の知識はぜひ欲しい、と思います。3級の知識で十分とはいいませんが、その知識があれば会計士・税理士等の専門家との会話もより深まると思います。
簿記検定
まず、以前は簿記検定には1級から4級までありましたが、最近は4級が「初級」という区分になっています。3級と初級の違いは、3級には「決算」に関する処理という項目がありますが、初級にはないのが違いだそうです。初級はさらに「簿記初級」と「原価計算初級」に分かれています。
「原価計算は2級から」というイメージだったので、初級から原価計算をするというのはどういうことなのでしょうか?
某予備校の解説によると、「原価計算の基本用語や原価と利益の関係について理解しているかが問われます。」とあります。原価計算に関する基本的な概念や初歩的な損益分析みたいなのを出題するようです。
ところで、私の経験では簿記の3級と2級のギャップはかなりあった印象です。3級は要領よくやれば2~3週間程度で合格することも可能だと思いますが、2級は最低でも2~3ヶ月程度必要でした。特に「工業簿記」の勉強に時間がかかった思い出があります。
予備校などでは、合格までの所要学習時間として3級が80~100時間程度、2級は250~300時間程度を見積もっているようです。合格率は3級が40-50%程度、2級が15-25%といった感じですから、まぁ2級の方がより難しい試験といえるでしょう。
2級からは与えられた情報を効率よく読み取り、正確に計算し、制限時間内に回答を導くという「手際の良さ」が合否を分けるようになってきます。これを鍛えるために問題演習を繰り返し、自分の弱点をあぶり出し、それを克服するというプロセスを踏んでいきますが、それ自体は会計への理解を深めることとはイコールではないように思います。
簿記検定に限らず、試験はあくまで試験であって、試験直前ともなると、「反射的に手が動く」くらいに仕上がってきますが、それは学問とも実務ともまったく異なる、制限時間内に回答するという特殊能力といえるような代物です。
簿記検定3級
それでは3級の内容はどのようなものなのでしょうか?
商業簿記
3級の出題範囲は、「商業簿記」のみになります。商業簿記というのは、
購買活動や販売活動など、企業外部との取引を記録・計算 する技能で、企業を取り巻く関係者(経営管理者・取引先・出資者等)に対し、適切、かつ正確な報告(決算書作成)を行うためのものです。
日本商工会議所の検定試験のサイトの説明
なかでも3級は主に小規模企業の決算を対象にしているといわれますが、問題を解く過程で要求される知識は基本的なものも多く、大企業でも使われているような経理処理も普通に出題されます。つまり、内容が基本的だということはそれだけ応用できる範囲が広いということだともいえます。また、3級は以前は出題の前提が個人商店でしたが、2019年から小規模の株式会社(商品売買業)にあらためられていますので、より実社会に適合した出題になっている印象です。
3級の出題内容
では、具体的にどのような出題がされているのか、第157回試験(3級)の出題の意図・講評を通じて見てみましょう。
基本的な仕訳問題では、備品の取得原価や売上や仕入時の消費税の処理、仕入の計上時期、給料の源泉所得税、社会保険料の処理などが問われています。どれもたいていの会社で使うような処理ではないでしょうか。
また、源泉所得税や租税公課が、資産、負債、純資産、収益、費用のどれに該当するか、といった取引の意味に関する基本的な理解を問う出題がされています。
さらに、前払保険料を当期分と翌期以降に配分するという処理が問われております。期間配分の概念は会計の基本的な考え方のひとつでもあります。
社長が以上のような会計に関する基本的な処理や考え方について理解しているのといないのとでは、経営の質にも影響が出てくるように思います。
まとめ
こうしてみてくると、簿記3級の知識があれば、会社の決算に出てくる基本的な勘定科目についての基礎は理解できている、といえると思います。もちろん、それだけで十分ではないですが(経営分析、原価計算や連結決算などは2級以上の範囲です)、すくなくとも「借入金を売上計上」するような間違いはまず起こさないでしょう。
会社の規模が大きくなって専任の経理担当者を配置することになっても、社長が会計の基本的なことは理解していれば、担当者に任せきりにもならないはずです。また、税理士や銀行の担当者などと会話をしても、「何のことを言っているのかわからない」状態にもならないでしょう。
令和に入ってからの3級の合格率は40~50%程度で推移していますので、難関というほどの資格ではありません。まったく分野は異なりますが、宅建士試験は15%前後ですから、それと比べても受かりやすい試験でしょう。しかも、2020年12月から「ネット試験方式」が導入されています。
経理や簿記に苦手意識をもっていらっしゃる社長さんも少なくないのかも知れませんが、わずかの学習時間とわずかの受験料(2,850円)しかかかりませんので、簿記3級の費用対効果は抜群だと思います。合否に関わらず学んだことは一生の財産になります。
苦手意識のある社長さんこそ転ばぬ先の杖と思ってぜひチャレンジしてみてください。
一日一楽
本日(2021年11月28日)の日経電子版の記事に「中古住宅、データは伏魔殿 不動産IDに既得権の壁」というものがありました。日本の不動産取引の後進性については様々指摘されていますが、改革はなかなか進まないようです。
とはいえ、紙とFAXしか使えない世代はいずれ引退していきますから、若い世代を中心としたITリテラシーの高い人材が不動産業界に流入してくれば、どこかのタイミングでコロッと大変革が訪れるようなそんな予感のような期待を持っています。